認知症の「食べてない訴え」への対応方法と声かけ【認知症対応研修】
- 「食べてない」と何度も言われ対応に困っている方
- 認知症ケアでついイライラしてしまう方
- 正論で説明してもうまくいかないと感じている方
- 認知症ケア研修の資料を探している方
- 現場で使える声かけを学びたい方
この記事を読むメリット
スタッフを襲う徒労感とイライラの正体

毎日のように繰り返される「ご飯はまだ?」という言葉。
忙しい業務の中でこれを言われると、「さっきあんなに時間をかけて食事介助したのに…」と、自分の努力がすべて無に帰したような強烈な徒労感に襲われます。
しかし、プロとして絶対に忘れてはならない大前提があります。
それは、「ご本人は決してわがままや嘘を言っているわけではない」ということです。
彼らの脳内では、「ご飯を食べた」という事実が本当に消去されています。
嘘をついているのではなく、「今、本当にお腹が空いて困っている状態」なのです。
この研修の最大の目的は、事実(さっき食べた)を証明して「論破」するのをやめ、ご本人の不安という感情に「安心」を届けるための技術を学ぶことです。
やってはいけない「3つのNG対応」
スタッフが良かれと思ってやってしまう行動が、実は最も不穏を引き起こす原因になっています。
❌ NG例1:事実の突きつけ・証拠の提示
「これ、〇〇さんがさっき食べた空のお皿ですよ!」
記憶がない本人にとって、空のお皿は「自分が忘れてしまった証拠」ではなく、「スタッフが嘘の証拠をでっち上げて、私を騙そうとしている」という強烈な不信感に変わります。
これが物取られ妄想やスタッフへの攻撃に発展します。
❌ NG例2:子供扱い・あしらい
「さっき食べたの忘れちゃったの?ダメだなあ」「はいはい、あとでね」
記憶はなくなっても、感情とプライドは残っています。
人生の大先輩を子供扱いすることは尊厳を深く傷つけ、「馬鹿にされた」という嫌な感情だけが蓄積します。
❌ NG例3:【医学的・健康上の理由での論破】
「いま食べたら血糖値が上がっちゃいますからダメです」
「お腹が空いて困っている」という目の前の切実な訴えに対し、未来の健康リスクという理解しづらい理屈を並べても心には響きません。
「ご飯をくれない意地悪な人」というレッテルを貼られるだけです。
施設不信と介護拒否の失敗談
私が過去にフロアリーダーをしていた頃、非常に真面目で責任感の強いスタッフがいました。
彼女は「ご本人にちゃんと納得してもらわなきゃ」と思い、食事の直後に「食べてない」と訴える利用者さんに対し、5分以上もかけて「今日のメニューは魚でしたよ」「お茶も全部飲みましたよ」と説得を続けました。
その結果、利用者さんはパニックになり、「ここは私に嘘をついて餓死させる気だ!警察を呼べ!」と大激怒。
その日を境にスタッフを完全に敵とみなし、数日間にわたって一切の食事と水分を拒否する事態に陥ってしまいました。
「事実を正すこと(正論)」は、介護現場において決して正義ではありません。
認知症ケアにおいて、私たちが勝つべきは「議論」ではなく、「目の前の人の穏やかな笑顔」を引き出すことこそが、プロの仕事です。
脳のメカニズムと隠された「3つの背景」
なぜ、失くした記憶が「食事」に向かうのでしょうか。
そこには3つの大きな理由があります。
背景1:記憶障害(エピソード記憶の脱落)
「食べた」という体験(エピソード)そのものが、脳の海馬の機能低下によってすっぽりと抜け落ちています。
背景2:満腹中枢のエラー
胃の中に食べ物が入っていても、脳が「満腹だ」というサインを正しくキャッチできていない状態です。
つまり、本当に「空腹による身体的苦痛」を感じているケースです。
背景3:孤独感と不安(「食事=愛情」の象徴)
高齢者にとって、食事は単なる栄養補給ではなく「誰かに大切にされている証」です。
施設での生活に寂しさや孤独を感じた時、その不安が「ご飯を食べさせてもらっていない(=私だけ愛されていない)」という訴えに変換されています。
訴えを鎮めるプロの4カ条
繰り返される訴えをスーッと鎮め、お互いに笑顔で終わらせるための「4つのステップ」です。
第1条:「100%の共感(味方になる)」
まずは「お腹が空きましたよね」と、本人の主観(現実)を丸ごと受け止めます。
絶対に否定せず、「私はあなたの空腹を理解している味方です」という姿勢を最優先で見せます。
第2条:「準備中(未来の希望)」の演出
「今、厨房の板前さんが特注の美味しいご飯を一生懸命作っているところなんです」と伝えます。
これにより、構図が【ご飯をくれない敵】から、【ご飯を今か今かと一緒に待ってくれる味方】へと劇的に変わります。
第3条:「役割の付与」による場面転換
「ご飯ができるまで、ちょっとおしぼりを畳むのを手伝ってもらえませんか?」と役割をお願いします。
手を動かし、感謝されることで、脳の「食事への執着」が別のことへ向かいます。
第4条:「代替食(小分け)」の活用
どうしてもおさまりがつかない場合は、胃に負担の少ない小さなおにぎりやラムネなどを「特別な先出しメニューです」と提供します。
実際に口を動かして咀嚼(そしゃく)することで満腹中枢が刺激され、スッと落ち着かれることが多々あります。
明日から使える「プロのフレーズ」
実際の現場でそのまま使える、効果抜群の「魔法のフレーズ」です。
ケース1:昼食直後に「お昼ご飯はまだかしら?」と言われた時
❌ NG:「いま12時半ですよ、さっき食べたばかりじゃないですか!」
⭕️ プロ:「お腹が空いちゃいましたね(共感)。いま、厨房で次のお夕飯の仕込みを一生懸命やっていますからね。あ、〇〇さん、ご飯の前に美味しい日本茶が入ったので、まずは私と一緒に一杯いかがですか?(お茶への場面転換)」
ケース2:「私だけご飯を抜きにされてる!」と被害的に怒り出した時
❌ NG: 「そんな意地悪するわけないでしょ。被害妄想はやめてください」
⭕️ プロ: 「えっ!そんなことがあったら大変です!〇〇さんの分を忘れるなんて絶対に許せませんね(激しい同調)。ちょっと私が厨房に行って『〇〇さんの特製メニュー急いで!』って怒ってきますから、ここで少し待っていてくださいね!(席を外して時間を置く)」
ケース3:夕方に「これから家に帰って家族のご飯を作らなきゃ」と焦っている時
❌ NG: 「娘さんがもう作ってますから、〇〇さんはここで待っててください」
⭕️ プロ: 「いつもご家族のために美味しいご飯を作られていたんですね、本当に頭が下がります(役割の承認)。今日は娘さんから『お母さん、いつもありがとう。今日は私が代わりに作るから、ゆっくり泊まっててね』とお電話が来ていますよ。今日はのんびり、私にお料理のコツを教えてくれませんか?」
おわりに
「食べてない訴え」に対するケアで最も重要なのは、「チーム全体での情報統一」です。
一人のスタッフが「今作っていますよ」と合わせても、別のスタッフが「さっき食べましたよ」と言ってしまえば、ご本人の頭の中は大混乱し、施設への不信感が募るだけです。
「〇〇さんには、今こういう物語で対応しています」ということを、日々の申し送りでチーム全体に徹底共有してください。
「食べてない」という切実な叫びは、ただ空腹を訴えているだけでなく、「孤独なこの場所で、私の存在を認めてほしい」という心のSOSでもあります。
忙しい時こそ、一呼吸置いて「お腹空きましたね」と温かいお茶を差し出せる心のゆとりを持つこと。
チーム一丸となって一貫した「安心のバトン」を繋ぎ、ご本人のプライドとフロアの穏やかな笑顔を守っていきましょう。
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