認知症で「お金を盗られた」と言う時の対応と声かけ方法【認知症対応研修】
- 「お金を盗られた」と言われて悩んでいる方
- 物取られ妄想の対応に困っている方
- 利用者さんとの関係を壊さずに対応したい方
- 感情的にならず冷静に関わりたい方
- スタッフ教育や現場改善をしたいリーダー
認知症の「物取られ妄想」は、スタッフの心を深く傷つけ、トラブルに発展しやすい問題です。
「盗んだでしょ」と疑われるのは大きな負担ですが、感情的な否定や説得は逆効果になります。
妄想は不安や混乱から生まれるSOSです。
本記事では、スタッフが傷つかないための考え方と、脳の仕組みに基づいた正しい対応や声かけを、現場経験をもとに分かりやすく解説します。
この記事を読むメリット
「物取られ妄想」に傷つくスタッフを救う
まず、犯人扱いされてショックを受けているスタッフ全員に、認知症ケアの大原則として絶対に知っておいてほしい事実があります。
それは、「物取られ妄想の矛先(犯人役)に選ばれるのは、あなたがその利用者さんにとって、最も身近で、最も信頼できて、甘えられる存在だからである」ということです。
認知症の方は、どうでもいい人や、怖くて近づきにくいスタッフに対して「お金を盗られた」とは言いません。
なぜなら、その人たちに訴えても自分を守ってくれない、あるいは怒られて怖いという防衛本能が働くからです。
「この人なら自分の困りごとをしっかりと受け止めてくれるはずだ」という、胸の奥の無意識の信頼(甘えのサイン)があるからこそ、あなたに対して激しく訴えかけているのです。
決してあなたのケアを憎んでいるわけでも、あなたの人格を否定しているわけでもありません。
「泥棒!」という言葉をダイレクトに受け止めて傷つくのをやめましょう。
まずは「あぁ、私はこの方に一番頼りにされているんだな」と、プロとしての心の盾(マインドセット)を構えることからスタートしてください。
やってはいけない「3つのNG対応」
忙しい業務の最中に犯人扱いされると、ついやってしまいがちですが、状況を100%悪化させる「3つのNG対応」です。
❌ NG例1:感情的な否定・反論(「私は盗んでいません!」)
「私は絶対にそんなことしません!濡れ衣を着せないでください!」と声を荒らげて否定することです。
本人の脳内では「お金がない=誰かに盗まれた(犯人は目の前のあなた)」というストーリーが「事実」として完成しています。
そのため、強い口調での否定は、ご本人にとっては「犯人が言い訳をしている」「罪を隠蔽しようとしている」としか映らず、火に油を注ぐ結果になります。
❌ NG例2:正論での説得・即座の証明(「ここにあるじゃないですか!」)
「部屋の引き出しをちゃんと探しましたか?」と言いながら、スタッフがカバンの中から財布を見つけ出し、「ほら、ここにあるじゃないですか」と突きつける対応です。
一見、問題が解決したように見えますが、これはご本人の「自分で管理できなくなった恥ずかしさ」や「プライド」を激しく傷つけます。
結果として、恥をかかされた怨念から「あなたが今、私に怒られて焦ってそこに隠したんでしょ!」と、さらに妄想がねじ曲がって激化します。
❌ NG例3:スタッフ間での陰口・放置(「また始まったよ」)
「あの人、また泥棒騒ぎしてるから放っておいて」と、相手にせず無視する対応です。
誰にも相手にされないことでご本人の「孤立感」と「恐怖」が深まり、「この施設は全員が敵だ、組織ぐるみで私をハメようとしている」という被害妄想へ発展し、フロア全体での不穏や暴力行為(BPSDの悪化)に繋がります。
「すぐに見つけてあげる親切」が招いた大失敗
私がフロアマネジャーを務めていた数年前、物取られ妄想が出始めていた女性利用者さんの居室で、入社1年目の非常に真面目な新人スタッフが対応した際の実例です。
その利用者さんが「タンスに入れておいた通帳がない!誰かが盗んだ!」とナースステーションに怒鳴り込んできました。
新人スタッフは「早く安心させてあげたい」という親切心から、すぐに一緒に居室へ行き、ご本人が「絶対にそこにはない」と言い張るクローゼットの奥の衣装ケースをごそごそと探しました。
そして、ものの30秒ほどで、古い靴下の中に丸めて隠されていた通帳を見つけ出したのです。
スタッフは笑顔で「ほら、ありましたよ!良かったです!」と言って通帳を渡しました。
しかし、利用者さんの反応は、新人スタッフの期待とは真逆のものでした。
ご本人は通帳をひったくるように奪い取り、鬼の形相で「やっぱりね……!あなたが盗んでそこに隠してたのね!じゃなきゃ、そんな場所からすぐに出てくるわけがないわ!」と叫ばれたのです。
その後、ご本人の興奮は収まらず、夕方に面会に来られたご家族に対しても「あの若い職員に通帳を盗まれて隠されていた」と泣きながら訴え、ご家族からも「うちの親がそこまで言うなら、本当にスタッフが一度盗んだのではないか」と、施設に対する大クレームへと発展してしまいました。
管理職として私が間に入り、認知症のメカニズムをご家族に丁寧に説明して誤解は解けましたが、新人スタッフは「良かれと思ってやったのに…」と大ショックを受け、しばらく認知症ケアに恐怖心を持つようになってしまいました。
この事例から学ぶべき教訓は、「認知症ケアにおいて、スタッフがマジックのように一瞬で失くし物を見つけてみせることは、本人にとっては『スタッフが犯人である証拠』にしかならない」という、一般常識とは真逆の心理原則です。
プロには「一緒に悩み、本人に発見させるプロセスを演出する技術」が求められます。
認知症の脳と心理に隠された「3つの背景」
なぜ、失くしたものが「ハンカチ」や「靴下」ではなく、いつも「お金や通帳」なのでしょうか。
そこには脳の障害と、高齢者の切ない心理状態が隠されています。
背景1:記憶障害と見当識障害の掛け算
「大切なものだから、誰にも見つからない場所に隠しておこう」という判断力は残っています。
しかし、隠した直後に「海馬(記憶を司る部分)」のエラーが起き、「自分で隠した」というエピソード記憶だけがすっぽりと抜け落ちます。
脳内に残るのは「引き出しにカギをかけた(はず)」という過去の古い習慣と、「今、目の前に財布がない」という現実だけです。
背景2:自己防衛の本能(辻褄合わせ)
「財布がないのは、自分の記憶力が衰えて忘れてしまったからだ」と認めることは、人間にとって耐え難い恐怖とプライドの崩壊を意味します。
そのため、脳の自己防衛本能が働き、「自分が忘れたのではない、誰か悪い奴が盗んだんだ」と他人のせいにすることで、脳内のストーリーの辻褄(つじつま)を合わせようとするのです。
背景3:「お金=自立と安心」の象徴
施設に入所し、自分の力で歩くことや生活することが難しくなっていく中で、「お金」は「これさえあれば自分は一人で生きていける、誰にも支配されない」という、自立と安全を担保する最後の砦です。
その象徴がなくなるからこそ、パニックになり、必死になって訴えかけるのです。
【実践】物取られ妄想を鎮める4カ条
物取られ妄想に直面した際、フロア全体で統一して実践すべき「プロの対応4カ条」です。
第1条:徹底的な「味方(受容)」になる
まずは「それは大変でしたね!」「お大事なお金がなくなったら心配ですよね」と、全力でご本人の「泥棒への怒り」や「お金を失った恐怖」の感情に100%共感します。
自分が犯人扱いされていても、「私はあなたの味方です、泥棒を一緒に捕まえましょう」というスタンスを取ります。
第2条:犯人役から「捜索の相棒」へチェンジする
ご本人に「私も一緒に探しますから、手伝わせてください」と伝えます。
これにより、脳内の構図が【本人 ❌ スタッフ(敵)】から、【本人 + スタッフ(味方) ❌ 見えない泥棒(課題)】という、共同戦線の形へと切り替わります。
第3条:「本人が見つけた」という劇的な演出(プライドの死守)
一緒に部屋を探す際、もしスタッフが先に靴下の中の財布を見つけてしまっても、絶対に自分で引っ張り出してはいけません。
財布が入っている場所へご本人の視線が向くように、「〇〇さん、こっちのクローゼットの下の方は見ましたっけ?」「このカバンのチャック、ちょっと重くて私じゃ開けられないので、〇〇さん開けてみてもらえますか?」と誘導します。
ご本人が自分の手で財布を掴み、「あったわ!」と言わせる環境を作るのです。
スタッフはすかさず「あぁ!良かった!〇〇さん、さすがですね、自分でちゃんと保管されてたんですね!」と大げさに褒め称えます。
これで本人のプライドは完全に守られます。
第4条:発見後の「脳の回路切り替え(場面転換)」
お金が見つかった直後は、まだ脳がお金に対して興奮(執着)しています。
そのままにしておくと、5分後にまた別の場所に隠して同じ騒ぎが始まります。
見つかった瞬間に、「お騒がせして悪かったわね」となったタイミングで、「いえいえ!それより〇〇さん、一生懸命探したら喉が渇いちゃいましたね。美味しいお茶が入ったので、フロアで一緒に飲みましょう!」、あるいは「ちょっと手伝ってほしいことがあるんです」と、意識のベクトルを全く別の心地よい刺激へと強制的に切り替えます。
現場で明日から使える「プロのフレーズ」
ケース1:「引き出しに入れたはずの財布がないの!」と言われた時
❌ NG:「昨日もそこに無いって騒ぎましたよね?また別の場所に隠したんじゃないですか?」
⭕️ プロ: 「えっ!本当ですか?それは大変です、お大事なお財布ですもんね(共感)。よし、私が責任を持って一緒に探しますから安心してください。まずはその引き出しの周りから、一緒に順番に見ていきましょう(相棒へのチェンジ)」
ケース2:スタッフの手を掴んで「あなたが盗んだんでしょ!」と責められた時
❌ NG: 「触らないでください!濡れ衣を着せるなら、もう私はあなたの部屋の担当には入りません!」
⭕️ プロ: 「〇〇さん、私が泥棒に見えるくらい、今すごく怖くて困っていらっしゃるんですね(感情の受容)。私は絶対に〇〇さんを裏切りません。泥棒を捕まえるために、いまから一緒に部屋の中を捜査させてくれませんか?(役割の演じ分け)」
ケース3:ご家族から「親が施設でスタッフに盗まれたと言っている」と連絡が来た時
❌ NG: 「認知症の症状ですから、お母様の言うことは嘘です。うちのスタッフを疑わないでください」
⭕️ プロ: 「ご心配をおかけして大変申し訳ありません。お母様の大切なお金への不安な気持ちに、私たちの寄り添いが不足しておりました(謝罪ではなく共感)。認知症の記憶のメカニズムによって、ご自身で大切に保管された場所が分からなくなり、一番身近で信頼しているスタッフに『助けてほしい』というサインとして現れる症状でございます。今後はチームでお母様が安心できるよう、一緒に探すケアを徹底いたします」
おわりに
物取られ妄想のケアは、介護職にとって最も高い女優・俳優としての「演技力(プロとしての割り切り)」が求められる場面です。
本気になって「私は盗んでいない」と闘ってしまうのは、プロの対応としては三流です。
ご本人の脳内にある「泥棒に怯えるストーリー」という舞台に、私たちもサッと飛び乗り、「泥棒を一緒に退治する正義の味方」という配役を完璧に演じきること。
これこそが一流の認知症ケアの技術です。
一人のスタッフが犯人扱いされて限界を迎えそうになったら、すぐに別のスタッフが「どうしました?あ、私が泥棒を捕まえるの得意ですから交代します!」と、バトンタッチするチームプレイも有効です。
「お金を盗られた」という叫びは、見知らぬ砂漠の暗闇に取り残された高齢者の「寂しい、助けて」という心のSOSです。
そのSOSを優しく受け止め、チーム全員で一貫した「安心のバトン」を繋ぎ、ご本人のプライドとフロアの穏やかな笑顔を守っていきましょう。
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